大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)4784号 判決

原告(再審原告) 合資会社丸高商会

被告(再審被告) 高木惣太郎

主文

一、訴外大阪水産物直売株式会社の原告に対する大阪地方裁判所昭和三六年(ワ)一八一八号家屋明渡請求事件の判決につき、昭和四四年七月一八日同裁判所書記官が被告に付与した執行文による同判決の強制執行はこれを許さない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、本件につき当裁判所が昭和四四年八月二九日にした強制執行停止決定はこれを認可する。

四、前項に限り仮に執行することができる。

事実

(双方の申立)

原告代理人は、第一次的に主文第一、二項同旨の判決を求め、予備的に「主文第一項掲記の判決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は、各請求棄却及び訴訟費用原告負担の判決を求めた。

(原告の主張)

一、訴外会社(大阪水産物直売株式会社)と原告間の主文第一項記載の事件につき、原告は同会社に対し本件家屋(別紙目録〈省略〉記載の家屋)を明け渡すべき旨を命ずる確定判決が存在するところ、被告は昭和四四年七月一八日同判決の効力を受ける者として裁判官の命令により同裁判所書記官から執行文の付与を受けた。

二、しかしながら右執行文の付与は次の理由により違法である。

(一)  前記確定判決のなされた訴訟において訴外会社は、同会社が昭和二四年五月頃被告から本件家屋を賃借したので、その賃借権保全のため被告に代位して右家屋の占有者たる原告に対しその明渡を求めたのであり、従つて被告は右債権者代位訴訟における債務者の地位にあつた者であるが、債権者代位訴訟の債権者は民訴法二〇一条二項の「他人ノ為原告……ト為リタル者」に該当せず、従つて債務者である本件被告も右確定判決の効力を受けないものと解すべきである。もし右のような債務者にも判決の効力が及ぶとすると、法律上全く訴訟の存在を知る機会の与えられない債務者及びこれに対する他の一般債権者が、当該代位債権者と第三債務者間の訴訟の結果に拘束されるという著しい不合理な結果を招来し、紛争の相対的解決を意図する民訴法の本質に反することになる。

(二)  仮に右が認められないとしても、被告と訴外会社間の本件家屋の賃貸借契約は昭和三八年六月一八日賃料不払を理由として解除されたので、訴外会社は被告を代位する代位債権を失いこのため右訴訟の当事者適格を失つているのにかかわらず、その後である昭和三九年四月二〇日、右訴訟の控訴審である大阪高等裁判所は控訴棄却の判決を下し第一審の本件確定判決を維持した。右のように当該代位訴訟の訴訟中に、債権者がその代位債権を失つた場合には、右の者と第三債務者間の判決の効力は、代位権行使の債務者には及ばないものというべきである。

(三)  仮に右が認められないとしても、被告は昭和三八年原告(及び訴外会社)に対し本件家屋の明渡及び損害金の支払を求める別件訴訟を提起し(大阪地裁昭和三八年(ワ)第二六七〇号)、昭和四三年二月六日同裁判所より仮執行宣言付の被告勝訴の判決を受けた。尚、原告は同判決に対し控訴し金一〇〇万円の担保をたてて右仮執行宣言に基く強制執行の停止決定をえ、右事件(同高裁昭和四三年(ネ)第一九九号家屋明渡等請求控訴事件)は現在大阪高裁において審理中である。

被告は本件確定判決が自己に対して効力を有しないことを知つていたからこそ、右のように新たに原告に対して訴を提起し仮執行宣言付の被告勝訴の判決をえたのであるから、同判決によつて執行すべきであり、これにより本件確定判決の執行力は失われたとみるべきである。

仮にいずれの判決によつても執行が可能だとしても、被告は右仮執行宣言付勝訴判決によつて、損害金の支払については差押競売をなし、家屋の明渡については原告にその執行停止のため金一〇〇万円の担保を供させているから同判決の執行を継続しているに等しく、このままの状態でさらに本件確定判決によつて執行に着手するため執行文の付与を受けるのは権利の濫用であつて許されない。

三、よつて原告は、本件確定判決につき上記執行文による強制執行の排除を求める。

四、もし右異議の訴による請求が認められず本件確定判決の効力が被告にも及んでいるとすれば、原告は被告に対し再審の訴を提起する。即ち訴外会社は前記のとおり右確定判決の確定前に代位債権を失つていたところ、これは民訴法四二〇条一項三号に定める再審事由に該当するものというべきだからである。

よつて原判決の取消を求める。

五、被告主張の第二項のうち、原告が別訴において被告指摘の如き内容の主張をしたことは認めるがその余は争う。

同所で被告が主張する禁反言の原則は法文上の根拠を欠くのみならず、被告は右別訴で原告の主張を信頼して被告に不利益に利害関係を変更したことはないし、仮に本件執行文の付与を受けたことが被告に不利益に変更したことになるとしても被告は独自の法律的判断に基き右執行文の付与を受けたものである。又被告は、本件訴訟において原告の請求が理由があるとすれば、いつでも高裁けい属中の別訴を進行させて判決を受けうる地位にあるから、原告が本件訴訟を提起したことをもつて禁反言の原則に反するということはできない。

(被告の主張)

一、原告主張の請求原因第一項の事実は認める。同第二項(一)のうち本件確定判決のなされた訴訟において訴外会社が原告主張の賃借権を有しその保全のため被告に代位して原告に対し本件家屋の明渡を求め、被告が右債権者代位訴訟における債務者の地位にあつたことは認めるが、その余は争う。第二項(二)のうち本件確定判決の効力が被告に及ばないという主張は争う。原告は、被告・訴外会社間の賃貸借はすでに解除されていたと主張するが、右解除については、別訴において敗訴した訴外会社が現在上告中であつて確定していない。第二項(三)のうち被告が仮執行宣言付の被告勝訴の判決をえたこと、原告が同判決に対し控訴し右仮執行宣言に基く強制執行の停止決定をえたこと及び同訴訟が現在大阪高裁において審理中であることは認めるが、その余は争う。第四項は争う。

二、被告は元来原告に対し、現に大阪高裁で審理中の別訴をもつて本件家屋明渡等の満足を得ようとしたところ、同事件の被告たる本件原告が、右家屋については訴外会社が被告に代位して明渡判決をえその判決は確定しているので、同一物件につき被告が原告に対し明渡請求をするのは再訴禁止の法則に反するので許されないと主張したため、被告はやむをえず訴外会社が有する本件確定判決に承継執行文の付与を受けたのである。ところが原告は不当にも本訴を提起して前言に反する主張をしているから、原告の本訴における各主張は明かに禁反言の原則に反し許されないものというべきである。

三、原告主張の第二項(二)の異議理由は、債務名義に掲げられた請求に関する実体上の異議であるから、請求異議の訴によるべきであり本訴では許されない。

(立証)〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで原告主張の執行文付与に対する異議事由について順次判断する。

まず本件確定判決のなされた訴訟において、訴外会社が被告からの本件家屋の賃借権を保全するため被告に代位して原告に対し同家屋の明渡を求めたこと、従つて被告は右債権者代位訴訟における債務者の地位にあつたことは当事者間に争いがない。

ところで、

債権者代位訴訟の場合、当該債権者が民訴法二〇一条二項にいう他人のため原告となつた者に該るか否か、換言すれば右判決の効力は代位債務者に当然及ぶと考うべきか否かは、沿革上理論上種々問題の存するところであるけれども、右訴訟のもついわゆる訴訟担当的性格を前提とし、これに、代位債務者についても実際上は訴訟参加の機会が充分にあり、最悪の場合でも代位債権者に対する損害賠償請求の途は残されていること、民事訴訟制度の目的・本質が必ずしも紛争の相対的解決のみにとどまらないこと等の諸見地を考慮すると、代位債権者は前記法条にいう訴訟担当者に該当し、従つて当該代位訴訟の判決の効力は当然に代位債務者に及ぶものと解するのが相当である。

よつてこれと異る見解にたつ原告の異議事由第一点は理由がない。

三、そこで、原告主張の第二の異議事由について検討する。

先ず被告のいう、本事由は請求異議の訴により主張さるべきものであるとの点について判断するに、右原告の異議事由の要旨は、訴外会社は本件確定判決が確定する以前に代位債権である本件家屋の賃借権を喪失して当事者適格を失つていたから、代位権行使の債務者である被告は本件確定判決の効力を受けないというにあるところ、右は、債務名義である本件確定判決の請求そのものを争うものではなく、原告主張の第一の異議事由と同じく本件確定判決の債務名義の存在を前提として被告は右判決の効力を受けないのにこれを受けるものとして執行文の付与を受けた違法を主張するものであるから、本訴の執行文付与の異議の訴は許されるべきであり、被告の右主張は理由がない。

よつて進んで本異議事由の内容についてみるに、成立に争いのない甲第一号証、第三ないし第五号証、乙第六号証及び弁論の全趣旨を総合すると、被告と訴外会社間の本件家屋の賃貸借契約が昭和三八年六月一八日適法に解除された事実を認めることができ(被告のいう別件訴訟上告中の事実は右の認定を左右するものではない)、又本件確定判決のなされた訴訟の控訴審である大阪高等裁判所が右賃貸借契約の解除後である昭和三九年四月二〇日訴外会社が代位債権を有することを前提として控訴棄却の判決を下し、第一審の本件確定判決を維持したことは被告において明かに争わないから自白したものとみなされる。

そうだとすると、右判示前段の認定によれば、訴外会社は右解除とともに代位訴訟における当該代位債権を失うことによつて民訴法二〇一条二項にいう他人のための訴訟担当者たるの適格を喪失し、右判示後段による本件確定判決はこれを看過して為された判決というの外ないところ、右訴訟の当事者であつた本件原告と訴外会社の間においてはさておき、代位債務者であつた本件被告との関係においては、右当事者適格看過の判決はその効力をこれに及ぼすに由なきものと解すべきであり、しかもこの点は、右代位債務者(本件被告)自身のみならず、本件の如き場合、第三債務者(本件原告)も亦これを主張し得るものというのが相当である。従つて、原告の異議事由第二点は理由があるとしなければならない。

四、そこで次に被告の禁反言の主張について判断する。

被告が原告に対し本件家屋明渡の別訴を提起したところ、同事件において原告が、被告が訴外会社による本件確定判決の効力を受けることを理由に再訴禁止の主張を為したことは争がなく、弁論の全趣旨によれば被告はそのため方針を切り換えて本件確定判決の執行文を得たものと認められるところ、原告が本訴を提起し、右確定判決の効力が被告に及ばないことを主たる理由に右執行の排除を求めていることは上述のとおりである。

以上の経緯に、本件弁論の全趣旨を併せみると、本件家屋の明渡問題に関する原告の態度、殊に本件異議及び再審の訴の提起につき、信義則上必ずしも肯認し難い点が存するのは否み得ないところではあるけれども、しかし以上の程度をもつてしては、未だ右を相当な権利行使ないし防禦活動の範囲を著しく逸脱したものとまでは断じ得ず、従つて本訴をば、禁反言その他信義則に違背したものとして、その訴ないし請求を否定するまでには至らないものというべきである。

被告の主張は理由がない。

五、以上によれば、被告は本件確定判決の効力を受けないのに、これを受けるものとして本件執行文の付与が為されたのは、違法ということになるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の第一次請求を理由あるものとして認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、強制執行の停止決定に関し同法五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男 西池季彦 吉岡浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例